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【泣ける】あすか【感動】

864:名無しさん@お腹いっぱい。:2008/11/25(火)02:21:42

はやいものであなたが逝ってしまって8年ですね。

おじさんになりたくないと言ってた僕も38歳になって、

あなたが居なくなった頃は毎日泣きそうになって強引に気を張っていて、

うれしい時も、少し辛い時も、何か物足りなくて。

心に穴が開いたようだった。

他愛もないことでもよく笑い、よく泣くあなたが心を潤してくれてたんだって

気付いたのはあなたが居なくなった後で、今より乾いた表情を作っていたと娘に怒られたよ。

あの子も来年高校生になる。

あなたに似て笑顔と和弓と袴の似合う素敵な女性になった。

向日葵のようだったあなたのようにあなたが残してくれた種は近い将来大輪の花を咲かせる。

きっとこれからもあの子を通してあなたを感じるだろう。

だからあの子と僕を見守っていて欲しい。



生きてる時はあまり言わなかったけど愛してるよ、あなたも娘も今までもこれからもずっと愛してる。僕がそっちにいったらまた一緒になって欲しいな。


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2015年7月27日 | 体験談カテゴリ:泣ける体験談

【恐怖】オレの曾爺ちゃんの話【危険】

名前:本当にあった怖い名無し[sage]投稿日:<>2008/11/12(水)10:24:20ID:VFmdt4PO0<>



オレの曾爺ちゃんの話を書いてみようと思う。

と言っても曾爺ちゃんはオレが物心付く前に死んでしまったので爺ちゃんに聞いた話なのだけれど、更にそれを思い出しながら書くので辻褄合わせとかで多少脚色もするし長文なので、色んな事をごかんべん。



オレの曾爺ちゃんは坊主だったらしい。

というか曾爺ちゃんの代まで坊主の家系だったそうだ。



そんでもって曾爺ちゃんは霊感(坊主だと法力か?)があったらしく、

除霊やら鎮魂やら何かと有名だったらしいが、

ありがたい崇高な霊力者とかって感じではなく、

変な能力は有るけれども普通の多少目端の利く人だったようだ。



そんな曾爺ちゃんには、人づてで何かとオカルトチックな依頼が来るらしく、

旅に出て家を空けることが多く、爺ちゃんも寂しい思いをしていたようで、


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2015年7月7日 | 体験談カテゴリ:恐怖体験談

【恐怖】霊刀の精霊【危険】

俺と沙織の結婚式の時。



早くに父を亡くした俺と母を助け、とても力になってくれた

叔父貴と久し振りに会う事ができた。

叔父貴はすでに八十を超える高齢だが、

山仕事と拳法で鍛えている為とても年齢相応には見えなず、

沙織の親族からは俺の従兄弟と勘違いされるほどだった。

ピシッとした紋付袴姿で軽トラから現れた叔父貴が

助手席から幾重にも包まれた長いモノを取り出したとき、

俺はそれがあの刀だと直ぐに判った。

かつて自分が幼き頃、叔父貴の家で出会った刀。

そして、その精霊。

彼女は己を俺の物として欲しいと言った。

叔父貴は刀が欲しいとねだる幼い俺にこう言った。

「この刀は、独身の男が持つと魂を魅入られてしまう。


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2015年1月1日 | 体験談カテゴリ:恐怖体験談

【泣ける】爺ちゃん【感動】

<>491名前:大人の名無しさん[]投稿日:2006/04/26(水)12:51:13ID:areZ+wHB<>

皆さんのお話を読み、俺が高校生の時に逝った爺ちゃんの事を思い出しました。

乱文かと思いますが綴らせてもらいます。



俺は爺ちゃんにとって4番目の孫でしたが他の孫達は皆地方に住んでいて、

自営業の寿司屋を継いだ親父の子である俺を爺ちゃんは内孫として

特に可愛がったそうです。

でもまだ俺が小さい頃は、爺ちゃんが苦手でした。



小学生の時、俺は少年ラグビークラブに通っていて毎週日曜日の練習後は

仕事で迎えに来れない両親の代わりに爺ちゃんが迎えにきてくれました。

けど昼飯でたまにファミレスなんかに入ると爺ちゃんは昭和初期からの

職人気質で(寿司屋の板前です)中々届かない料理にウエイトレスを

度々呼んではいつも怒っていました。

その時の爺ちゃんは子供ながらに怒らせちゃいけない存在なんだと思っていました。


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2014年11月11日 | 体験談カテゴリ:泣ける体験談

【恐怖】居合い彼女【危険】

 今つき合っている彼女(21)は『居合い』をやっている。

 試斬試合を見に行ったことあるけど、黒髪に色白の彼女の袴姿を見て、改めて萌えてしまったりもした。

 一度だけ拝み倒して、エッチのときに袴を着てもらったのだが、すげえ興奮しまくった。

 そんな彼女だが、怖いときもある。

 ベッドに大の字になり、フェラしてもらってたときの話しなんだが、しゃぶってもらっていい気持ちになっていたとき、ふと彼女が動きを止めた。

 なにしてんのかな、と視線を落とすと、彼女がじーっとそそり立った俺のモノを見ている。

「どうしたの?」

 と聞くと、ぽつりとひと言。

「斬ってみたい……」

 完璧に目が据わってた。勘弁してください……。

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2014年8月26日 | 体験談カテゴリ:恐怖体験談

【恐怖】姦姦蛇螺【危険】

小中学の頃は田舎もんで世間知らずで、特に仲の良かったA、Bと三人で毎日バカやって荒れた生活してたんだわ。





オレとAは家族にもまるっきり見放されてたんだが、Bはお母さんだけは必ず構ってくれてた。あくまで厳しい態度でだけど、何だかんだ言ってBのためにいろいろと動いてくれてた。



そのB母子が中三のある時、かなりキツい喧嘩になった。内容は言わなかったが、精神的にお母さんを痛め付けたらしい。



お母さんをズタボロに傷つけてたら、親父が帰ってきた。一目で状況を察した親父はBを無視して黙ったまんまお母さんに近づいていった。

服とか髪とかボロボロなうえに、死んだ魚みたいな目で床を茫然と見つめてるお母さんを見て、親父はBに話した。



B父「お前、ここまで人を踏み躙れるような人間になっちまったんだな。母さんがどれだけお前を想ってるか、なんでわからないんだ。」

親父はBを見ず、お母さんを抱き締めながら話してたそうだ。

B「うるせえよ。てめえは殺してやろうか?あ?」

Bは全く話を聞く気がなかった。




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2014年8月21日 | 体験談カテゴリ:恐怖体験談

【人妻】「初夜 Ⅰ‥戦中戦後の初夜①」【隣の芝生】

「初夜」と云う言葉は 佳い響きの言葉だと思う。

聞きかじりだから あまり責任は持て無いが、「初夜」と云う言葉は 明治以降の割りに新しい言葉のようだ。

日本の江戸時代までの 庶民の性生活は、例えば農村などでは 食うための労働力確保が第一で、性生活なども 大らかで開放的なものであった。

勿論‥資産家とか禄を食む武士など 継承する権威や財産があると、血の繋がりを喧しく言うようになるが、その外は子供は授かりモノ 性行為は日常の唯一のお愉しみであったのだろう。

明治以降‥ 欧米の倫理観とキリスト教の教理が移入され、目本の性風習が淫らと評価され 非難されるに及び、これ等の性風習は 非公式な村の風習となって影をひそめ、次第に 後ろめたい悪い慣習視されるようになった。

更に日本が 満州事変・日中戦争・第二次世界大戦と、軍国主義に 巻き込まれるに連れて、政府は軍と一体になり 性の解放は自由主義に繋がるとして、厳しい取締りが 行われるようになった。

私は当時 まだ子供だったが、一方で大声で「生めよ増やせよ!」と叫び 同時に男と女の関係を薄暗い影の後ろめたい行為として蔑視するのは、何だか 変な気がした。

当時‥折から我が家には 学生が数人下宿していた。彼らの心情は 知る由も無いが、あの明治神宮での 雨の「学徒出陣」の前夜、母は 心ばかりの壮行会を催した。

その夜‥始め涙を流して 「花咲き花散る宵も‥」と東京ラプソディーを歌っていた彼等は、酔うと一転して「ホイホイ数え歌」を怒鳴り 「‥羽織・袴でセニャならぬ」と叫んだ。

それが彼らの 精一杯の抵抗だった。私は当時 彼らの部屋に忍び込み、ワイ本や手書きのワイノートを読んで マスのネタにしていたから、これから困るなぁと思っていた。

そこで‥そんな経緯で 性を抑圧されて来た戦後に、お見合いで二三回デイトし 数ヵ月後に結婚する「男女の初夜」の話しである。最近のスレッカラシとは チガウのである。

さて実は最近‥ ネットで「初夜新婚の医学-名無し2ch」と云う記事を読んで、大変に面白かった。それは‥今なら何でも無い内容に、当時は凄く昂奮させられたことだった。

(註) ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/33/1054457169/l50、

標記の原文は 1600字41枚にも及ぶ量だが、不思議に読んでいて飽き無いし 当事の情勢から、初心で純真な初めて性に接する 花嫁の心情が痛く胸に沁みるのである。

例えばその記事では 戦後出版された「初夜新婚の医学」みたいな本が、まだ検閲が残っていたせいか 「サッパリ面白くないし、役に立た無かった」と書き手はボヤイている。


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2014年4月3日 | 体験談カテゴリ:人妻との体験談

【恐怖】注連縄【危険】

<>889:本当にあった怖い名無し:2009/08/17(月)08:55:15ID:a0/zsdaQ0<>

俺の田舎の祭りに関する話を投下します。

俺は神戸に住んでいるんだけど、子供の頃、オヤジの実家である島根の漁師町へ良く遊び

に行ってた。





9歳の時の夏休みも、親父の実家で過ごした。そこで友達になったAと毎日遊びまくって

て、毎日が凄く楽しかったね。ある日、Aが神社に行こうって言いだしたのね。しかも、神

社の社殿の中に入ってみようぜって。



この神社についてまず説明させて下さい。神社は山の上に立ってて、境内にまず鳥居があ

る。山から麓までは階段が続いていて、麓にも鳥居。それから、鳥居からまっすぐ海に向

かうとすぐに浜に出るのだが、浜辺にも鳥居が立ってるの。つまり境内から海まで参道が

まっすぐ続く構造。ちなみに神明社。




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2014年2月10日 | 体験談カテゴリ:恐怖体験談

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